実家にて

 いい加減伸びきって暑苦しい髪を切りに行く。パサパサ。ふーすっきりすっきり。…んで、その帰り道、付近の高校で文化祭をやっていることに気づく。そうか、そういわれてみればそんな時期だったっけ。しかし、なんつーかみんな若々しく見えて眩しい限り。わしなんて彼ら彼女らからみりゃいいおっさんですよ、はあ。
 その後、あまりに良い天気だったので、妹の自転車を借りて適当にぶらぶらと。先日、IRCにて実家付近の小学校の話題が出たので、久しぶりに母校T小学校の付近なんぞを走ってみる(正確にはわしが卒業したのはN小学校なので母校というのは正しくないのだが…まあ6年間のうち5年間はT小学校にいたから、どうしてもこっちを母校と呼びたくなるのですよ)。んー、時間というのは残酷というか、かつての記憶を無意味な物にしてしまうっていうか…。相変わらずかまぼこ型屋根の校舎は健在だったし、学校の入り口の日時計も当時のままだったんだけど…なんつーか、記憶とパースがえらく違うんだよね(^^;。もちろん校舎や日時計が縮んだりするわけもないので、わしが大きくなった訳なんだけど、「何故?」と自問自答したくなるほど当時のことを鮮烈に覚えてる。やたらいじめられまくったり、ニワトリの世話に日々明け暮れたり…。でも、もはやそれらは記憶であって現実じゃない。かつて毎日のように通い続けたニワトリ小屋ももはやかつての場所には無かった。
 …って、いや、そんなのは当たり前のことなんだけど、なにが悔しいって、自分が身体以外、あのころからさして成長している気がしないんだよね。そりゃ社会に出たからもちろんあのころより知識や駆け引きにも長けるようになったし、いろんな経験もした。周りだってあのころのいじめられっこのわしだと思って接してるわけじゃない。…だけど根本はあまり変わってない気がする。それは…本質的な部分で。
 人生の一つのターニングポイントは結婚にある、とよく言われるれどそれは本当かも知れないな、とか思ってしまった。いや、もちろんわしは結婚した訳じゃなければそもそもその候補すら未だ見えないので実際のところはどうか知ったもんじゃない。けど、こうやって過去を振り返るしか出来ない自分のままじゃ、まだあの頃から卒業出来ていないんだな、と思えてならなかった。…鬱陶しい季節だから、じゃきっとないと思う。街の眩しさに自分が置いて行かれたという妄想に駆られただけでも…多分無い。何かを変えようともがき続けてる自分がここにいる…もがく方法すら知らないのに…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください