久々に
自転車でつくば市内を彷徨いてみた。
かつて、この街を自転車で彷徨きはじめたきっかけはと言うと、やりどころの無い若き葛藤と「もしかしたら、あの人に会えるかも知れない」という希望によるものだった。…今は、ただそれらを懐かしむのと、その頃からの街の変貌を見る以外、その行為の目的は無いのだが。
まず、つくばの中心街へ行ってみた。ここにはまもなくつくばエクスプレスのつくば駅が開業するが、今日のこの姿は開業前の最後の姿として、目に焼けつけておこうと思った。思い返してみると、私がこの近くの公務員宿舎に住んでいた頃、小学校に上がる前から「つくばに列車が来る」という話は有ったが、その開通日は話を聴くたびに未来へと先延ばしとなり、子供心で「こんな何もないところにそんな物は出来ようはずがない」などと考えていた。実際、その頃はまだセンタービルすら出来ておらず、ここに土浦の街のようなものが出来るとは夢にも思わなかった−−そんなことを思い出すと、今のこの現状はまさに夢のような光景である。
次に、耳をつんざく蝉たちの大合唱に目眩すら覚えつつ、かつての生活拠点であった竹園近辺を彷徨いた。このあたりは一戸建てタイプの公務員宿舎が建ち並び、ここに入居出来た人は「運が良い」などと言われていたが、今となってはその半分近くが閉鎖、もしくは空き家となっていた。「まだ、十分住める建物なのに何故」という気持ちが過ぎったが、今や公務員宿舎に住む人は少ないとの由。なるほど、言われてみると、サンルーム状のテラスなど30年前の設計としては比較的贅沢とも言うべき内容ではあっても、いわゆる一般的な一戸建てに比べるといかにも古い。これでは敢えてここに住みたいと言う人は少ないのかもしれない。経費の削減という点からも致し方無いという気持ちが有る反面で、かつてここに友が住み、共に遊び歩んだその遊歩道ですら、「関係者以外立入禁止」と言う無表情な看板によって、その思い出が儚く引き裂かれる気がしていたたまれなかった。
団塊の世代−−私はそのような「世代の区別」はあまり好きではないが−−と呼ばれる人たちは、この街の一世代目を築き、そしてここまで発展させたが、もはやその方々も大半が現役を退き、この街を去った人も多いと聞く。あまつさえ、私の両親ですら。それを考えると、つくばは既に一つの時代が終わり、また、これからつくばエクスプレスなどの開通などにより、新しい世代が始まろうとしている−−私のような一世代目のつくばを知るものにとって、幾ばくか寂しささえ覚えるが、それも街の発展の過程として致し方ないと感じている。