朝から物騒なんですが

夜、久々にLisa☆彡ことPC-9821La10/S8C−つまるところPC-9800ノートですが−を立ち上げて見ました。このノートを購入する直前、近所で大変お世話になった方が若くして亡くなり、その人の名前より二文字ほど戴いて付けたのがこのノートの名前である「Lisa☆彡(りさ)」だった訳ですが、このノートには色々と思い出があります。

まず、このノートは当時通っていた草の根ネットのシスオペが経営しているクラブハウス「F’INN」でいろいろと活躍しました。会員さんの殆どがわしより一回り以上年上の方々ばかりで、難しい話も多かったですが、それでもいろんなコトを教えていただきました。(ネットの方はその後閉鎖されましたが、クラブハウスの方は今でも盛況のようです。いつか行こう、と思いながらも、既に4年近くの歳月が経ってしまいました…)。

また、当時はわし主催の草の根ネット「MCNつくば」では、群雄ネットやF’INNの会員さんが何人か来て下さって、オフ会の際にはこのノート片手に色々と楽しい思い出を作ることが出来ました。

それと同時期くらいに、わしは社会人となったわけですが、当時、わし割り当てのPCが無かったので、某MKや某ABKにはこれを抱えて仕事をしてました。さすがに仕事で使うと傷みが早く、2ヶ月程度だったとは思うのですが、キーボードのキートップがあっという間につるつるになってしまいました。

その後、暫くしてのことですが、某YRPに行くことになり、ホテル暮らしとなった際も、これを抱えて通信やメールやらをして、日々のストレス解消をしました。また、そこでも何度か仕事に使ってます。実際、今でもその当時の設定が残っていて、FTPクライアントソフトには当時の懐かしいサーバ名とかそのまま残ってたり。特に、グループサーバ141号機は本当に懐かしい。今思えば、わしがこの時141号機の管理を任されていなければ、今の職場での自分は無かったかもしれません(最初の頃は、管理者である旅人氏に迷惑掛けまくってたなぁ…(^^;)。

今の場所に引っ越してきてからも、インターネット回線をISDNからADSLに変更する間や、実家に帰った際などにかなり重宝したりしてました。そう…購入したのは1997年の1月ですから、実に4年以上もの間、使用し続けたノートだったわけです。

しかし、Pentium100MHzではもはやいかんともし難く、昨年秋にVAIOノートPCG-GR7/Kを購入する数ヶ月前から既に使わなくなってました。実際、今この文章はLisa☆彡上でMOD4WIN(これも懐かしいソフトだなぁ(^^;)を裏で走らせながら書いてたりするのですが、非常に遅く、かなり辛いです。また、キータッチも「ぐにゃ」っとしていただけない感じですし、当時は必要十分であったSVGA TFT液晶ディスプレイも「こんなにくすんだ色だったのか?」と思わせるほど、色温度の低い様な、黄色い感じの発色だったりします。やはり時代を感じざるを得ません。

正直、「このノートの出番はもう終わってしまってるんだなぁ」と思いました。このノートはこの文書を最後に、思い出と共に眠らせてあげましょう。かつてこのノート片手に通ったF’INNやMCN、以前の職場、そして数々の思い出と共に…。

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