昨夜遅くから降り始めた雨が、路面や屋根を叩きつける「ザァ…ッ」という音で目を覚ます。「うう、寒い…」と呟きながら周りを見渡すと、いつも寝ている自室のベットの上ではなく、亡き祖父の部屋であった。「あ、そうか、昨夜から泊まってたんだっけな」眠い目を擦りながら、そう思い出す。しばらく布団の中でぼんやりとした後、ゆっくりと腰を上げた。
従兄弟のパソコンのメンテナンスをやった後、1階にある叔父の喫茶店の店内に入る。「あれ…」いつもで有ればカウンターにいるはずの叔父の姿が見あたらない。その代わり、掃除機らしい音が店の奥から聞こえてくる。「掃除中か…」と思い、のぞき込むと、叔父が床の掃除をしているのが見える。俺は少し安心しながら、いつものカウンターの席に腰掛ける。しばらくすると、叔父が古いレコードを持ってきた。SP盤だ。サイズこそいわゆるLP盤より小さいが、非常に重くて固い。そして、非常に脆い上に、音質も非常に悪かった、と言うことは知ってはいた物の、最近のオーディオファイル(一部のマニアを除いて)にはあまり縁のないシロモノであり、俺もこれの実物を見るのは今日が初めてだった。「これ、どんな音が出るんですかね」と、何となく叔父に訊くと、「じゃあ、聴いてみるか?」と、小さな蓄音機を持ってきた。小さいとは言っても、それなりの大きさがあり、これを持って歩くのは正直辛いだろう。箱の開け口の手前に小さなクランクが付いており、どうやらゼンマイを巻くための物のようだ。蓋を開けると、そこには古ぼけてこそいる物の、しっかりとしたターンテーブルとアームが見える。「この機械は面白くて、箱を開くとアームが持ち上がる仕組みになっているんだ。」と叔父が説明してくれた。なるほど、結構面白いギミックである。これのおかげで箱の奥行きを若干小さく出来る。
さて、早速レコードを掛けてみる。音は非常に懐かしいというか、よくNHKかなんかの特集「昭和の…」で流れてきそうな音である。しかし、思ったよりはしっかりしてるし、なにより、一切電気を使わず、更にこの蓄音機にはホーンすらないのに、結構音量が出る。あまりのおもしろさに何枚ものレコードを掛けつつ、その音色に酔いしれた。ふと、店内を見渡すと、普段は親戚一同で「がらくたばかりで…」と貶すその店内が、この音にはぴったりで有ることに気づく。店内に無造作に置かれた骨董品の山が、急に色めきだしたのだ。「ああ、そうか…この店はそういう店だったんだ」と、今更ながらに気づいた。
蓄音機での音楽再生が一段落した後、今度はわしが持ってきたドビュッシーのピアノ曲のCDを掛けてみる。…うむうむ、いい感じだ。正直、わしはこの店の方向性について、勘違いしていたようだ。この店のカウンターに立ち、半ば遊びの「お手伝い」を初めてから、今年で20年になるが、気づくのが遅すぎた感がある。
…以上の文は、「アンティークが似合う」その店内にノートパソコンを置いて書いてたものだが、「むしろこの店にはこのパソコンは似合わないなぁ」と思いつつ、普段と違い、オーディオやインターネットの情報に捕らわれない、ゆっくりと土曜日の昼下がりを過ごしたのだった。