今週末もなんの予定も無く、このままだと退屈で自我が破壊しそうなくらいだった(言い過ぎか?)ので、とりあえず先週に引き続き今週も実家に帰ってみた(^^;。いや、実家に帰ったって退屈なのは変わらないんですけど…ここならわしや妹の漫画とかが転がっててそれだけでも一日つぶせるし、どうせ家のなかは散らかってて片づけたい病に駆られれば幾らでも退屈を紛らわせるし…って感じで。
Author Archives: まさひろ
音
たまには自分のシステムの話でもしましょう。
先日の日記にて書いた一時金での購入候補の話を進める前に、「ん?そもそも自分のシステムの音ってどんなんだっけ?」と思い(w、久々にじっくり聴いてみました。んで、結論だけど、「やっぱ低音が弱い」でした。…いや、こんなコトは既にこの機器に入れ替えた時点で分かっていたことなんですけど、正確に言うと「弱い」って言うより「バランスが悪すぎ」なんですよ。
わしの持ってるInfinity Kappa6.2iと言うスピーカ、Kappaシリーズでは最下位モデルなんですが、ツイータのEMIT-RとミッドレンジのPOLYDOMEユニットは、最上位モデルKappa9.2iと全く同じものを使っています(ネットワークは当然違うんだろうけどね)。じゃあ、何が違うのかというと、ウーファ(つーか、Kappa9.2iは4wayなので構成からして違うんだけど)とエンクロジューアの大きさ。特に6.2iはその上位機種である7.2iと比べてもかなり貧弱なユニットで、間違いなくこれがネックとなるであろうことは購入当時から分かってはいました。…が、スピーカケーブルを換えたところそれが顕著になってしまった模様。
それともう一点、不満なのが…「付帯音が多い」のと「何となく全体的に薄っぺらい」と言うこと。これはTACH氏や陳平氏のシステムと比べても大幅に負けてる。
…実はですねー、先週、実家に帰った際にちょっとだけ父のシステムでピアノ曲を聴いたんですけど、ベットの上に横になって雑誌を読みながらでも「うわ、透明度が全然違う…!」と驚いたのです。これはまさにピアノソロだったからこそ分かったのかも知れませんが、静けさや粒立ちが段違い。こりゃ、やばいなぁ…と思ったのも事実でした。んで、それに比べるとなんてにぎやかなピアノなんでしょ、わしのシステム(^^;。つーかピアノ以外になんか楽器が鳴っているのではないか、という疑いすらわいてくるような音でがっくり。
んで、この問題を解決するには勿論AVアンプやらサブウーファを追加するなんてのじゃ全く駄目(というか、むしろ逆効果)で、スピーカやアンプを交換する、に尽きるとは思うんですが…多分、わしの予想ではアンプがかなり効くと思われ。…とは言ってもなぁ…、25万クラスのアンプじゃ変わったとしても50歩100歩だし、だからといって高級プリメイン(AccuphaseのE-407やLUXMANのL-509sなど)なんぞ買えるわけもなく、かといってセパレートじゃ間違いなくパワーしか買えません(苦笑)。まあ、セパだったら既に残り少ない山水のB-2105V+C-2105とか、もしくはLUXMANのM-7f+C-7fくらいを狙うことになるんでしょうけど、どっちを買っても二番煎じだなぁ(^^;と言うのもありますね。…ああ、2年前だったら山水の最高級プリメイン07Aniv.が\250k(新品)で買えたというのに、今思えば全く勿体ないことをしたなぁ、と後悔しきり。…いや、しかしまさか山水がアンプ事業を撤退するとは当時夢にも思わなかったもんなぁ。
回想モード中
そういや今日は…
…とりあえず書いておきました(^^;。まあ何もプレゼントもあげないんだからせめてこれくらいはね。
回想モード中
ここんトコ回想モードな日記が続いているけど、単純に話題がないぞー、ってのと、この時期ってなんか色々と思い出が多いんですよねー。どうやら、精神が細ってるときほどむしろ記憶力が冴えているらしい…ではなく、例年この時期にばかり奇怪な行動に出まくってると言うだけらしい(w。まあ、学生であれば進学やら進級でドタバタしてたのが、やっとこの時期になると落ち着いて周りを見渡せるようになる頃だし、家もボーナスなんかが出て、新しい機器(基本的に音響機器限定だけど(w)が導入されて色々楽しい、なんつーのもあるんでしょうけど。しかし、回想モードとはいえ、ここんところ毎日日記が続いてるのは、ある意味奇跡的とも言えるし、それだけ退屈でかつ自分がロンリーな状態であることが伺えますな(;_;)。
とりあえず今言いたいことといえば、「婦女子求む〜」といういつもの空しい叫びだけだったりして(T_T)。
※もっともこの時期に婦女子を求めまくるのも例年通りと言えばそうなんだけど…(^^;。
ピヨ夫の日
18年前の今日、まだ私は小学校4年生だったが、当時完成したばかりの竹園公園から大清水公園にかけての遊歩道を中心に「まつりつくば」が開催されていた。昼間は梅雨入りした割には天気もよく、当時のつくばとしては非常ににぎやかであったが、夕方になると重い雲があたりを立ちこめ、終いにはぽつり、ぽつり…と雨が落ちてきた。私は家に帰ろうとして自転車置き場に向かう途中で、彼と出会った。それは、露天のおじさんが売っていたニワトリのヒヨコだった。箱にぎゅうぎゅう詰めにされて何となく狭苦しそうだった上に、先ほどから降り始めた雫の下で鳴く声が当時の私には何となく悲哀に聞こえた。既に正価の半額となってたこともあり、ヒヨコに同情(?)して言った「1羽ください」。そして、その側面に丸く穴の開いた紙袋に入ったヒヨコを抱え、家路についた。
…とまあ、ここまではまあどうでもいいんだが…。当時の私が住んでいたのは公務員宿舎、つまりは団地だった(w。しかも4階である。親はその様を見てあきれ果てた。「そんなの買ってきてどうするつもりなの!」…そりゃそうだ。幾ら今は小さいとはいえ、彼はニワトリである。大きくなればかごで飼うわけにもいかないし、そもそも朝には派手に鳴くであろう。(しかも…次の日は父の誕生日だったり…「俺の誕生日の前日に…とんでもない子だ」と思ったに違いない(w。)しかしもう後には引けなかった。親もその辺は分かっていたらしく、それ以上は特に何も言わず、割と協力的だった。初日はとりあえず段ボールに入れ、そこにお湯を入れた瓶をタオルでくるんで作った湯たんぽを入れて、彼を寝かせた。私は彼に「ピヨ夫」という名前を付けた。その後、ピヨ夫はめざましい成長を遂げ(笑)、1週間で段ボールでは手狭となってしまった。仕方なく、それ以降はベランダで飼うことにした。正直言って4階だったので「落ちたらヤバいんじゃないのかなぁ」と思ったが、結局ピヨ夫は落ちることは一度もなく、ベランダを我が物顔で歩いていた。
ピヨ夫と一緒にいることで色々分かったことがある。よく「ニワトリは3歩歩くと忘れる」などと言うが、それはどうやら嘘らしいと言うこと。と言うのも、ベランダの窓を開けると必ずと言っていいほど、その方に駆け寄ってきたし、外に散歩に出しても主人のそばを離れない。その行動は結構愛らしく、周囲の友達もピヨ夫を結構気に入っていたようであった。
そのまま夏休みになり、家族旅行で山梨に行ったときなどはピヨ夫を洗濯籠に半ば押し込め(^^;、車で連れて行ったりもした。が、夏休みの終わりの頃になると、さすがに親もこのままにしておく訳にいかない、と思ったらしく、「学校で預かってもらいなさい」と言い、小学校のニワトリ小屋に連れて行くことになった。学校に着いて飼育小屋に入れようとするが、ピヨ夫はなかなか入ろうとしない。仕方なく、私が奥に入り待つことにした。…よし、入った!と思っても、こちらが出ようとすると進んで先に出ようとする。さすがに暑い最中にこんなことを繰り返しているわけにも行かず、終いには強引に押し込んでしまった。帰り際、寂しいそうに鳴くピヨ夫の声は暫く頭に焼き付いた。まあ、もっとも小学校に行けばいつでも会えるのだが…。
この後新学期が始まり、ピヨ夫を中心とし、上級生の女子を巻き込んで色々思い出深い出来事が起きるんだけど、敢えてその話はここではしない:-)。ただ、当時の私はニワトリにすっかりご執心状態となり、当時周りには「ニワトリキ○ガ○」と言われるほどだった。…って、なんか中学校のラピュタにハマった際にも同じこと言われてた気がするんだけど…(^^;、どうやら何かに「ハマる」とそれだけになってしまうと言う悪い癖はこの頃から始まった気がする。そしてそれは今も変わらない(コラ。
ちなみにピヨ夫はその2年後、残念なことに実験対象として近隣の研究所に連れて行かれることとなったそうなのだが、実はこの辺は私も詳しく知らない。と言うのも、私は直前に転校してしまってその小学校を去ってしまったから。…がその場に居合わせなくて幸せだったかも知れない。そのおかげで18年経った今でも楽しい思い出であり続けるのだから。
…と、こんな格好いい話で終わらせちゃまずいやな。実はピヨ夫を買ったその1年後、更に3羽もヒヨコを買ってしまい(w、さすがに親に見放されて大変な目に遭ってしまった。ちなみにこの3羽についてはあまりはっきり覚えてないのはお約束である。(周りが私を「ニワトリ(略)」と呼ぶようになったのは、実はこの頃だったかも知れない…。まあ確かにそういわれても仕方ないと思うぞ、今となっては)
悶々と
今夏の一時金の使い道に悶々としている今日この頃。先日「車に使うかなぁ」とか書いてみたものの、実はまだ迷い中。つーのも、車いじっちゃうと多かれ少なかれバランスが崩れてしまうことを少々危惧してるのと、「そんなことすると近所迷惑極まりない。迷惑を顧みないのは自分勝手なヤツのすることだ」と指摘を受けた(いや、これはわしも反論できない。実際、静かにしたいときには改造マフラーの低いエクゾーストノートは耳障り以外の何者でもない)から。…とはいえ、この間アクセル踏み込んだら確かにマフラーのせいでかなり損をしているのは明白だったし…うーむ。
と言うわけで、現時点での使い道有力候補を以下に。ちなみに、予算は全て20〜25万程度です。
候補その1 自動車パワーアップ計画
- 足回りをBILSTEINショックに交換
- 吸排気にAPEXiのHYBRIDマフラーと純正交換タイプのエアクリ
- 永井電子製マルチターボタイマー
候補その2 ホームシアター計画
候補その3 ノートパソコン購入計画
- 委細未定(w
候補その4 高画質テレビ購入計画
候補その5 オーディオ機器買い増しorアップグレード
- これはたぶんやらん(w
候補その6 アニメオタク化計画(w
…と言った感じで「物欲は続くよどこまでも」と言った感がありますが、はてさて。まあ、かなり現実的なのは候補2なんですけど、これも十分近所迷惑(サブウーファの周波数帯域の下が18Hzだからねぇ(^^;)な上、部屋の配置を相当にいじらなければならない点がちと(^^;。もっともかつてからの夢でもあるからこの辺で実現したいな、と言う気持ちも強いんですけどね。
#しかし、「使わずに貯める」って言う選択肢はないのか。>俺
?年前の今日
昨日から「あれ…6/9とか6/10ってなんか引っかかるんだよなぁ…確か過去に何かあったんだけど何だったっけ?」みたいなことを思いつつ、暇なのでほけらーっと考えていたのだけど、思い出して「…あうー」みたいな(^^;。要は8年前の今日、かつて見た夢の人と会った最後の日らしい。はあ、こんなことは良く覚えてるんだなぁ。役にたたねえ記憶力だ(^^;。ただ、別れ際のこの人の台詞は未だに鮮明に覚えてるんだけど、「今度会うときにはあの頃のように戻って」…これはどういう意味だったんだろうなぁ。まあ謎のままの方が楽しいので良いけど(w。ちなみに、その8年前の前日(6/9)は、わしの父親が今のスピーカを購入した日だったりもする。
更にさかのぼって12年前の今日は、高校での文化祭初日。この頃のわしは…あうー、ここに書きたくないような記憶が山ほど(^^;。とにかくドタバタ駆け回って楽しかったことだけは間違いないんですが(^^;。
まあ、いずれにしてもこの時期はどうも情緒不安定になってる場合が多いみたいっすね>わし。むちゃくちゃ周りに影響されたり、異様に落ち込んだり。昨日の日記なんかまさにそれっぽいや(^^;。気を付けなきゃな。
※ちなみに3年前のわしはこの時期に『White Album』やってはちゃめちゃに落ち込んだ記憶もあり(^^;。あの頃は街で由綺ポップ見るだけで鬱になってたもんなぁ。
実家にて
いい加減伸びきって暑苦しい髪を切りに行く。パサパサ。ふーすっきりすっきり。…んで、その帰り道、付近の高校で文化祭をやっていることに気づく。そうか、そういわれてみればそんな時期だったっけ。しかし、なんつーかみんな若々しく見えて眩しい限り。わしなんて彼ら彼女らからみりゃいいおっさんですよ、はあ。
その後、あまりに良い天気だったので、妹の自転車を借りて適当にぶらぶらと。先日、IRCにて実家付近の小学校の話題が出たので、久しぶりに母校T小学校の付近なんぞを走ってみる(正確にはわしが卒業したのはN小学校なので母校というのは正しくないのだが…まあ6年間のうち5年間はT小学校にいたから、どうしてもこっちを母校と呼びたくなるのですよ)。んー、時間というのは残酷というか、かつての記憶を無意味な物にしてしまうっていうか…。相変わらずかまぼこ型屋根の校舎は健在だったし、学校の入り口の日時計も当時のままだったんだけど…なんつーか、記憶とパースがえらく違うんだよね(^^;。もちろん校舎や日時計が縮んだりするわけもないので、わしが大きくなった訳なんだけど、「何故?」と自問自答したくなるほど当時のことを鮮烈に覚えてる。やたらいじめられまくったり、ニワトリの世話に日々明け暮れたり…。でも、もはやそれらは記憶であって現実じゃない。かつて毎日のように通い続けたニワトリ小屋ももはやかつての場所には無かった。
…って、いや、そんなのは当たり前のことなんだけど、なにが悔しいって、自分が身体以外、あのころからさして成長している気がしないんだよね。そりゃ社会に出たからもちろんあのころより知識や駆け引きにも長けるようになったし、いろんな経験もした。周りだってあのころのいじめられっこのわしだと思って接してるわけじゃない。…だけど根本はあまり変わってない気がする。それは…本質的な部分で。
人生の一つのターニングポイントは結婚にある、とよく言われるれどそれは本当かも知れないな、とか思ってしまった。いや、もちろんわしは結婚した訳じゃなければそもそもその候補すら未だ見えないので実際のところはどうか知ったもんじゃない。けど、こうやって過去を振り返るしか出来ない自分のままじゃ、まだあの頃から卒業出来ていないんだな、と思えてならなかった。…鬱陶しい季節だから、じゃきっとないと思う。街の眩しさに自分が置いて行かれたという妄想に駆られただけでも…多分無い。何かを変えようともがき続けてる自分がここにいる…もがく方法すら知らないのに…。
平和だったのはつかの間だった(笑)
職場にて、別件にてある小学校の情報やらを調べていた(決してやましいことで、じゃなく)のですが、その傍らでEVERYDAY PEOPLEを開いたら…
…どうやら何人かの児童が亡くなってしまった模様…。イカン…本気で鬱だ…。つーか、亡くなった子供の親御さんの気持ちを思うとホント、いたたまれなくなります…。
しかし、昨日今日と小学校関係がなんかアレでナニです。(鳩山氏風に(w)
平和だったのはつかの間だった(笑)
昨日の日記を書いた約2時間後、なんかあることが発覚して何となく鬱まってしまいました(^^;。んー、そうやねぇ…こう、部屋をピアノソロで満たしながら思ったことと言えば…。「雨音を静かに聴きながら静かに寄り添い合える婦女子が居ればなぁ」などとよく分からないことをぼけらーっと考えてみたり(w。いや、しかし雨の時期にピアノ曲を聴くと何となく不思議な気持ちに襲われるなぁ、とかしみじみと思いました。
#たまにはピアノ弾くべきだよなぁ…>わし
